国浪とんコツ日記。

真面目に不真面目なお医者、ひゃくとんによるコツコツ便り。

ヒトの人生をなぞっても幸せにはなれないよ。

ゴールがあるから迷路っていうのよ

 

どもども、ひゃくとんです。

 

いやはや。

生きていくって難しいですね(何)

 

バレンタイン早々物騒なテーマですが。

年末年始より、わたしの周りで色々とお悩みの友人が多く。

誰に向けて、というわけではないですが。

オブラートに包みながら「人生」について、

自分の意見を、ひとつ。

 

さて。

いきなり結論なんですが。

タイトルの通りで。

 

自分で決める。

 

人生なんてこれだけなんですよ('ω')

 

他人のアドバイスだろうが。

有名人の名言だろうが。

何に引っ張られるのも自由ですが。

 

全てを言い訳にせず。

「私の意志で決めたんだ」

という人生を歩まないと、精神的に積みますからね(;^ω^)

 

周りに従っていたらこうなってしまったよ。

自分だけが可哀そうなシンデレラ。

みたいな他己責任でいるうちは、

幸せにはなれないのではないでしょうか。

 

かつてアドラーが申した通り。

もしかしたら、成熟した社会における悩みなんて

人間関係がすべてと言ってもいいくらいに、

我々は色んな人と関わり合いながら生きている訳です。

 

当たり前のように社会全体で活動している人間というものは、

誰かと全く関わらずに暮らしてはいけない。

 

家庭もそう。

仕事もそう。

 

ただもちろん。

そこに至るまでの前提条件が違うせいで、

どうしても「歪」は出てきてしまうものです。

 

たとえば。

一人っ子に生まれた人は、

兄妹が沢山いる賑やかな環境が分からないかもしれない。

お金持ちに生まれてしまったら。

晩御飯が菓子パンのような生活があることを想像できないかもしれない。

 

どちらが良いとか、悪いとか。

そういう話ではなく。

 

同じ環境で生きてきた人同士がほとんどいないからこそ、

多様性が生まれる中で軋轢も生まれてしまう。

それを是正するのはなかなか難しいですよね。

 

ということは。

いくら助言者に頼っても。

結局はその人自身の実経験の範囲を超えたアドバイスというのは、

統計学的な世界になってしまって。

 

自分の幸せは自分の中にしかないのに、

そんなものに自分の人生を左右されていいのか?

とおもうわけです。

 

それは子育てや、

自分の直近の道標となり得る親にしたってそうで。

殊に親というものは等しく偉大で。

如何せん「自分をここまで育ててくれている」という、

事実を伴った実体験があるが故に、

保守的な人は同じ人生を歩んでしまうのかもしれませんが。

 

大切なのは。

軸をどこに置くかというお話で。

例えばひゃくとんならば。

 

ただ動物と触れ合えて。

時々美味しいもの食べられて。

友人とかとご飯に行ったりして。

そのために必要な最低限の収入があれば十分で。

 

自分自身は正直。

仕事だって住む場所だって。

究極的には何だって構わないんですよ。

 

かといって。

それを社会のせいだとか、環境のせいだとか。

そんな風に思わないのは。

 

全部自分で決めたことだから。

それが軸となって行動に納得がいくわけです。

 

時代はすごく複雑になってきていて

何が正解か分からなくなっているのは事実で。

直線的な努力が難しく、何を指標にすればいいのか、

悩んでしまうことも多いかと思います。

 

でも。

嫌だけど努力して頑張ったことって、

意外と後々裏切られたりするんです。

 

頑張ったのにうまくいかなかったら、

なんであんなに頑張ったのにうまくいかないんだろうって思いますよね。

 

でも、好きでやったこととか。

どうしてもやりたくてやったこととか。

自分で決めて臨んだことは自分を裏切らないんです。

 

それはきっと。

上手くいかなかったときも、

そこに向かっていた時間自体のことを嫌いにならないからで。

 

努力はあなたを裏切るけれど、

意志はあなたを裏切らないんです。

 

自分が本当に好きなことは何なのか。

自分が心の底からやりたかったことって何なのか。

どんな風に生きて生きたいのか。

 

最期に決めるのは自分です。

自分の人生は自分の決めた通りにしか進まない。

 

それくらいに強い気持ちで。

頑張れ(`・ω・´)シャキーン