アズカバンの囚人。
どもども、ひゃくとんです。
先日、久々に研修医時代の同期と会う機会があり。
束の間の酒宴。
大学病院に残った某氏より、
●●先生は開業して医局が大変だの、
同期の○〇さんが離婚後すぐに△△先生と再婚しただの。
良くないとは分かりつつも、噂話と近状報告とを肴に盛り上がり。
畑は違えど。
お互いに頑張っていきましょうと鼓舞し合って解散しました。
会話の中で。
学生時代の実習について思い出話が膨らみ。
大学によって取り組みも様々ではあるものの、
班員との人間関係や厳しい先生がいる診療科ランキングなどで華が咲き。
悩みというものは、古今東西そこまで変わらんのだなぁと。
そういえば。
私も友人も、卒業後の研修は自大学に残らなかった組なので、
大変申し訳ないことではあるのですが、
当時、自大学の先生方からは有難いことに、
実習の合間にいろいろと勧誘を賜った身。
とりわけ今でも印象に残っているエピソードを、ひとつ。
ときは6年生。
某診療科で物凄く熱心に勧誘して下さった先生がいて。
外は大変だ、一緒に働こうと日夜熱弁してもらっていた折。
嘘をつくのも申し訳ないと思い、正直に、
色々と悩んではおりますが諸般の事情により、
就職は他大学にしようと思っていると相談したんです。
そうしたら。
「ひゃくとん先生は、ブランドバッグと国産カバン、どっちが欲しい?」
と問われました。
曰く。
「有名病院っていうのは、ヴィトンとかシャネルみたいなもんだ」
「自大学にあたる国産鞄は、知名度はないが機能性が良くて使い勝手もいい」
「ブランド品は偽物も多い」
「製法が分からないうちは地味だけどみんなが使ってくれる良いものを」
と。
うむ。
この例えが正確で適切かどうかはさておき。
殊にこの先生にとっては。
就職先が如何に大事か、ということを犇々と感じ取りました(;´Д`)
少し話題はズレますが。
医療系に限らず、殊に日本では未だに学歴社会というものが根強く。
出身大学はおろか。
出身地や中高までもが筒抜けとなるんですよ。
就職先もまた然り。
そこで学んだということ自体がセルフブランディングとなり得るため、当然、
有名病院には優秀な学生が集まるわけですが。
いざ蓋を開けてみると。
合格者は学閥出身者のみ、なんてことはザラにあるようです。
自分自身。
贔屓こそしないものの、
出身大学が同じ先生を見かけると
「おっ!」
とはなりますからね(´・ω・`)
ちょっとニュアンスは違うかもですが。
教授選や関連病院人事など、
古き大学医局の闇を知っている先生だからこそ、
外に出ることの大変さを教えてくれたのかな、と。
もちろん。
世の中には適材適所というものがあることは理解しております。
結婚式にペラペラのエコバッグで参列していいかと言われればそんなことはない。
地方では東大京大早稲田慶応よりも、
地元の国立大学が持て囃されるように。
その土地出身者のアドバンテージがあることも承知。
ただ。
だからといって、
「最後に助けてくれるのは母校」
という言葉はあまり信頼しておらず(‘ω’)
人間関係も母校の一部、というならば多少は受け入れられますが。
地元もそうですし、医局もそうで。
一度離れてしまうと、良くも悪くも別世界で。
保守的なコミュニティにいることの安定さに憧れることもありますが。
意図しない協力や馴れ合いもまた不気味で。
無論。
こんな風にお高く留っているからには、
自分のみは自分で守らなくてはいけない。
ときは現代。
実際に外に飛び出してみた中で、
今の自分は、メイドインとして他己的にどのように映っているのか。
そういった、自分の付加価値のようなものは、
常に意識しないといけないのかなと、学生ながらに真面目に考えてみたり。
素材にこだわるのか。
製法に丁寧さを見出すのか。
オーダーメイドかレディメイドか。
誰にとって。
どんな形のカバンに成れているか。
支離滅裂ながらも、
時々立ち止まって、自分の立ち位置というものを再認識しなくては。
と。
思いながら過ごしておりまする。
るんるん。
余談ですが。
この話を当時の実習班員*1に相談したところ。
「高級ブランドは中古になっても売れる」
「本来は技術も一流だからバリューが高かったんじゃないのか」
「メイドインジャパンだから良い、の時代は終わった」
と総スカンでした(;^ω^)
時代に沿った、
いつでも使いやすいバッグになりたいものですね。
ばいばーきん!
*1:彼は都内の有名病院にマッチしていきました