
笹食ってる場合じゃねえでやんす
どもども、ひゃくとんです。
年度変更や新学期も近づいてきたこの頃。
人事の方から「早期退職を防ぐにはどうすればいいか」という、
永遠に答えのない命題でおしゃべりしまして。
なんでも、うちの職場は入職希望も多いですが、
同時に継続勤務年数はなかなか伸び悩んでいるんだとか。
日本も転職は一般的になりましたし。
愛社心を持って長く務めるという感覚はあまり芽生えないのかもしれません。
少し話題がズレますが。
同じような内容が教育現場でも問題となっており。
クラブ活動や習い事を転々とする子供が多くなっているんだそうで。
世の中、これだけ娯楽に溢れかえっていますので。
色々なことにチャレンジできるという環境自体は喜ばしいことですよね。
ただ個人的には。
ある程度の修業期間と言うか、なんというか。
長く続けたからこそ気付けることや楽しいこともあるとは思うんです(´・ω・`)
それとは別に。
何かを本気で頑張ってそれでも届かないという経験をしないと、
永遠に「頑張ればいけたかも」という誤解をしたまま生きることにもなりかねず。
そういった一種の挫折経験も必要なのかなと。
他人より才能があるものばかりやろうとするのではなく、
他人より才能が無いものにどう向き合うかも積むべき経験ですからね。
とはいえ意外とこの世の中は。
「本気で頑張ればいける」ことも多いんです。
実際に行動してみた結果として、
「自分の力を誤解しない」につながっても良いと思いますし、
「頑張ったらいけた」につながってもいいんです。
本気を出すと何かしら得るものがありますからね。
友達が昔言ってた「全力を出したからこそ無理だと言い切れた」
という言葉も結構気に入っています。
少し話は変わりますが。
「なぜ人は夢を叶えるために頑張るのか?」といいますと、
「夢を叶える確率を高めるため」でもあるんですが、
「ダメだった時に自分が納得して諦めるため」でもあると思うんです。
アドラー心理学の目的論のようにいうと。
本気を出せないときって大抵、
「頑張ればいけたかも」という可能性を残すために頑張らない人が多い。
ただ、やればできるという状態で自分のプライドを守ってしまうと、
人生何もできなくなるんですよね。
中途半端に才能があって若い時に成功体験ばかり積むと、
本気で頑張って届かなかった時に
「俺って本当は頑張ってないのか?」
と考えてしまい、自分で自分を否定してしまう人がいるように。
若いうちに身の程知るのは大事で。
歳を重ねた後に「俺の方が上手くやれる」と嘯いてしまうと悲惨です。
「負けたことがある」というのがいつか大きな財産になる。byスラムダンク
余談ですが。
勉学とか部活とか、仕事とか趣味とか。
こういう「本気で頑張っても届かなかった」経験をしたことのない人が、
人間関係、特に恋愛で「初めて本気になる」とストーカーになりかねないのかなと。
人知れず過去に執着しないように。
精一杯、何事も後悔せずに真剣に生きたいものです。
猪突猛進!