
また干支を待つ
どもども、ひゃくとんです。
気がつけばもう今週で2025年もラストとなりまして。
去年の9連休に等しく、本日を休めばまた9連休というところも多いみたいで。
街はすでに年の瀬の静けさです。
そういうひゃくとんはというと。
皆が休んでいるときに働きたい派ですので、
今日も今日とて通常業務でございます。
きんべんペンギン。
この年はというと。
年明け早々に引っ越しという大イベントがあり。
しかも物件も勢いで決めてしまったので例年以上にバタバタの転居となりましたが。
町並みにもだいぶ慣れ、柴犬の散歩ルートも定着し。
もう1年も住んでいるかと感慨深い気持ちで歩いています。
転居に限らず。
自分の人生を振り返っても、数年で小さな転機というものがあり。
そのたびに決めては捨ててを繰り返しているわけですが。
いろんな人と大喧嘩したり。
苦しんでいる友人に何も声をかけられなかったり。
自分の立ち位置がわからなくなったり。
愛とかなんとか、仕事と家庭だとか。
精神は成熟しないまま、
世界だけが進んでいった1年といった印象でした。
一節によると。
深層心理の根幹の部分は、30歳までに確立してしまうとのことで。
よほどのことがない限り、人は変わらないんだとか。
凝り固まった思考に、凝り固まったルールに。
リンパも心も詰まっている間隔があります。
かといって。
心身ともにマッサージが苦手な私は、
肩こりなんてアジア圏にしかない風土病だ、と分かりながらも、
解きほぐさなくては柔軟なコミュニケーションは取れないのではとは思うており。
しかし。
なんでもイエスマンになるのもなというくらいの頑固さはあり。
それを信念と呼ぶべきか固執と呼ぶべきか。
同じ子供であっても。
子供っぽいのと大人げないのとでは温度感が違うので、
その熱量で相手を傷つけてしまうこともある。
本音を言わないことが大人なのか。
言い方や言葉遣い一つで伝わらない思いもあって。
そんななかでも。
わかってくれる人が一人でもいるならば、
それはきっときっと幸せなことなのでしょうね。
なんて。
毎年恒例の年末おセンチモードです\(^o^)/
今年の皆様、ありがとうございました。
また来年お会いしましょう!