
はやく大人に なりたいな
どもども、ひゃくとんです。
いきなり暗い話で申し訳ないんですが。
少し前に同僚が、親御さんの不幸で忌引となりまして。
勤務後に労いの言葉をかけたときのひとコマ。
「なんか、やっと大人になったなって自覚があります。」
普段、大人げないと言われることも多い私。
まだまだ幼稚さがある自分と比べ、哀愁の中に強さのある一言で。
変化を受け入れる姿勢に敬慕の思いでした……。
思い起こせば。
成人が18歳になった令和の時代において、
もう少しで人生の半分を「大人」として過ごすことになっているわけですが。
いまだに虫は好きだし。
ちょっとしたことでイラッとするし。
いや、精神的には自他ともに全然こどもですよって感じながらも。
お肌のハリはなくなり。
息切れしながらも筋肉痛は翌日には来ず。
寝入りも寝起きもシャキッとせず。
順調に老いている実感もあります(´・ω・`)
それこそ。
成人式に就職、結婚や妊娠出産、親の死など、
ライフイベントの中で予測できる未来の範囲で偶発的に自覚することも、
あるのでしょうが。
自身の志として、
今この瞬間に大人だ、という事象は滅多にないでしょうし。
グラデーションのなかで気がつけば、ということなのでしょうかね。
そもそも。
ひゃくとんの中での、大人ってなんだろう。
自立した生活ができること、とか。
守るべきものがあるひと、とか。
すべてに責任をとって生きることもかっこいいけれど。
そのどれもに該当していない場合は、まだまだ子どもということになるのかね。
ふむ。
そんなことを考えているうちに浮かんできたのは。
こうやって自分本意ではなく。
「他人を慮ることが原動力となっていること」
他の誰かのために生きているんだという自覚は、大人だなって思います。
これは別に。
家族がいない人を揶揄しているわけではなく。
仕事でも友人関係でも。
世界は自分だけじゃないということを無意識に理解して、
そのすべてが繋がってるんだという気持ちで動けているひとって、
それはもう庇護からの脱却なんじゃないのかな、と。
ときには自己効力を高めることも大事ではありますが。
その中心には自分だけでなく他者も内包されているような。
そんな人間になれたときに、晴れて大人になったと言えるのかもしれません。
アダルトチルドレンの増加が叫ばれる昨今だからこそ。
年齢とともにしっかりと大人になっていきたいものです。
オールドファッション!