国浪とんコツ日記。

真面目に不真面目なお医者、ひゃくとんによるコツコツ便り。

居場所ってなんだろう。

ちょうどいい しあわせなんて あるのかい

 

どもども、ひゃくとんです。

 

突然ですが。

皆さんにとって、居場所ってどこですか?(´・ω・`)

 

というのも。

職場で実態調査アンケートみたいなのがあり、

ストレスチェックの一環とやらでそんな一文がありまして。

ふと自問。

 

他者との関係が切っても切り離せないこの社会で、

自分にとっての居場所とは、なんていう深い問いが急に書かれており。

街の人混み肩がぶつかって一人ぼっち、みたいな気持ちになり。

結果を少し覗いてみると。

 

ベッドの中とか。

安心できる場所とか。

ひとりで楽にいられるところとか。

皆それぞれに居場所があるようです。

むふふ。

 

居場所って。

難しいですよね。

 

誰かと過ごすからこそ孤独を感じるもので。

ひとりで自由だからこそふたりの不自由も心地よいもので。

そんな、ひゃくとんはというと。

 

涙の溢れるところ。

 

と、記載してみました(^o^)

 

涙って。

ものすごく感情的なものじゃないですか。

喜怒哀楽のなかでも特に、瞳からも訴えかけるところとか。

表情や言葉だけでなく、視覚的にも明らかに変化がある。

涙ってなんか素敵だなって感じます。

 

溢れるっていうのがポイントで。

本当に辛いとき、どうしようもないときの涙は「流れる」ものなんですよ。

理不尽な不幸であったり、身体的精神的苦痛へのヘルプであったり。

 

でもそうじゃなく。

心の一番深いところから自然と、

ふわっと溢れ出てくる。

 

それこそが居場所なんじゃないかなと。

 

でも。

コミュニティにおける個々人の居心地の良さって十人十色で。

これを一般化するのは非常に難しく。

 

「だれかの居場所をつくる」ときに、

「ほかに居場所がないひと」を取り込みすぎるとうまくいかないことが多くて。

ほかに居場所がないひとっていうのは、そこを無意識に私物化して、

じぶんの思い通りにしようとしてしまいがちで。

 

ローカルルールに特化するかどうかは難しく。

狭い世界にしか自分に居場所がない人外の世界の苦労には、

未知でそれを避けるために排他的に働いてしまうということなのでしょうね。

 

合理性の判断基準が閉じた世界に、周辺世界も含むのかの差みたいなもので。

いわゆる出しゃばり古参の正体はコレで、

居場所が複数ある人は出しゃばる必要がないから安全みたいなジレンマが生まれます。

 

常連さんの一見お断りの空気感とか。

(今どきは少ないですが)会社がすべてのサラリーマンとか、

家庭がすべての専業主婦とか。

過疎っているコミュニティに、ついなにかしたくなってしまうおせっかいさが、

その場所全体に悪影響を与えることもしばしば。

 

だからこそ。

居場所自体は1つに固執しないことも重要で。

居場所=依存先をたくさん作るのは、

自分のメンタル安定だけではなく依存先のためにもなるんですよね。

趣味然り会社然り家庭然り。

 

実際、複数のコミュニティを持っている人のほうが、

職場や家族間でも協調性がある傾向にありますもんね。

 

居場所がいくつかある全員はリスク分散もうまく、

限られた属性の問題で利他的にならない。

しかしながら、新しい場所で交友関係が作れる人は、

すでに別のコミュニティに属しているという事実もあり。

 

それでも。

居場所そのものが少ない現代社会においては。

その「箱」を少しでも作り出していくことが大切な気がします。

 

なんて。

珍しく真面目に語ってしまいましたが(・∀・)

誰かがいないと一人にもなれないので。

これからも自分が過ごしやすい場所というのを探求していきたいと思います。

ずんずん!