
そのあとはどうするんだ?
どもども、ひゃくとんです。
私の職場に限らないのですが。
海外に追いつき、転職が一般的となって久しい我が国。
入っては辞め、入っては辞め。
組織循環という意味では健全なのですが。
健全な精神は健全な肉体に宿るともいうように。
あまりに巡回しすぎるのもなんだか淋しいものです。
ですがね。
転職してきた人は、また転職しますよ(´・ω・`)
会社が本当に欲しいと思っている、
「転職しない、ずっと会社にいて末永く活躍してくれる人」なんていうのは、
中途採用で探そうとすると矛盾しますからね。
その人、「転職する人」ですし。
一度転職を経験したら会社への帰属意識は無くなって。
この会社で自分をどうするかではなく、
自分をどうしたいかで会社を選ぶかに変わるのは当然のことです。
なんか。
浮気しないひとを求めるけど、
モテるのは浮気する人ってのに似てますね(笑)
特に医者に限って言うと。
誰かに何かの価値を与えて、それに対して報酬を貰うのが基本なのに、
耐えたり我慢することに対して報酬を貰えると思っている人は結構多い気がします。
我慢と報酬って、実際は関係ないのに、
なぜか結びついている感覚のお医者さんは一定数いまして。
「医学部いいところへ行ければ人生楽になれるよ」
みたいな不確定な未来に報酬を先延ばしした教育の積み重ねによる賜物なのかな、と。
医局制度が生きていた時代は、
それこそ年功序列が機能していて。
身を粉にして耐えていればそれなりの見返りがある、
というのを目の当たりにしていましたが。
接待や研究費とは縁遠く。
教授より自由診療のほうが儲かってしまう時代。
あてにしていた部長ポストがある病院は潰れ。
開業規制も起ころうとしている昨今において、
景気や世間、時代の流れで忍耐や我慢を美徳とする、
日本人の価値観の根幹が崩れている今となっては、
やれ副業だのやれ専門医をとったらすぐに転職へ舵取りだのというは増えても、
致し方がない部分はありますからねえ……。
歳上の人の狂い、というべきか。
「こんなに耐えてきたんだから、そろそろ自分にもいいことがあっていいはずだ」
から始まる歪みパターンを複数見ておりまする。。。
そうすると職場の中で暴徒化し。
「誰のものでもない物の私物化」に、
ハイパー自己正当化が掛かるなんて場面もしばしば(;・∀・)
「そのくらい多目に見てくれたってバチは当たらないだろう」
「ダメっていうなら、これまでの我慢はなんだったっていうんだ!」みたいな。
俗にいう。
「公平性の誤謬」とか「公正世界仮説」とかいう認知の歪みですね。
”この世界は公正で公平である”という思い込みのことでして、
多くの人がこのバイアスにハマっていたりします。
でも。
努力量と成果量が釣り合うとは限らないですからね。
転職してきた人も新卒の人も、
ほとんどの人が本当に欲しいのは「ずっと居たいと思える会社」で。
その要因が果たして、
労働環境なのか、給料なのか。
(その実はともかく)自分のプライドや努力に見合っているのか。
といいつつ。
売り手市場の世の中だからこそ。
その職場で自分から環境を変えてみたり、
ある程度続けて俯瞰してみてみたり、なんていうことが、
別のところで評価されたりもするので。
ないものねだりにならないように。
本当に自分が求めている仕事はなんなのか。
医師という仕事の先に欲しいものは何なのか。
ブラジルの漁師の話ではないですが、
一度じっくりと考えてみるもの良いのかもしれません。